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どうぶつ医療コラム『犬の肥満細胞腫』

犬の肥満細胞腫は日常の診療でよく遭遇する腫瘍で、皮膚腫瘍の約2割を占めていると言われています。また、皮膚だけでなく全身の様々な部位(皮下や内臓など)にも発生します。犬種や発生部位、グレードなどで差はありますが、基本的には転移性を持つ悪性腫瘍として扱います。

肥満細胞(=mast cell)とは

骨髄の造血幹細胞由来の細胞で、炎症や免疫反応に関わる細胞です。細胞質の顆粒内にヒスタミン、ヘパリン、セロトニンなどの多くの生理活性物質を含み、生体の防御機構を担っています。人で身近なものだと、花粉症などのアレルギー反応に関わっています。

この細胞が腫瘍化したものが肥満細胞腫です。太っているからなるの?とよく聞かれますが、肥満とは全く関係がありません。

肥満細胞腫の過去の報告を世界的に見ると、ボクサー、ボストンテリア、パグ、ゴールデンレトリーバー、ラブラドールレトリーバー、コッカースパニエル、シュナウザーなどが好発犬種とされています。2019年の東大の論文によると、日本で肥満細胞腫と診断された233例のうち多い犬種はラブラドールレトリーバー、雑種犬、パグだったそうです。日本では柴犬でも発生が多いと言われています。

症状

場所にもよりますが腫瘍が小さければ無症状のことが多いです。腫瘍が大きくなると一般的な腫瘍の症状(疼痛、食欲不振、体重減少など)が出てきます。肥満細胞腫に特徴的な症状は、前述の顆粒が刺激により放出されておこる腫瘍随伴症候群(皮膚の発赤、掻痒、浮腫、皮下出血などのダリエ徴候やアナフィラキシーショック、肺水腫、胃潰瘍など)です。

診断

細胞診が有用な検査です。細胞診とは、注射針でできものから少し細胞を採取し、顕微鏡で細胞の形態を診る検査です。通常、麻酔もいらず痛みもほとんどありません。肥満細胞腫は細胞内に特徴的な顆粒を持つため、細胞診で診断が可能です。治療方針や予後判定の参考になる所属リンパ節、脾臓肝臓への転移やc-KIT遺伝子変異の有無(悪性度の参考、分子標的薬の効果予測)についても細胞診標本である程度の診断が可能です。

これらを画像所見(エコー、レントゲン、CT)や肉眼所見、臨床症状などとともに総合的に判断し、腫瘍のステージ決めを行います。確定診断には手術で摘出後の病理組織診断が必要です。

治療

外科手術、放射線療法、化学療法を状況に応じて組み合わせて行います。また、腫瘍随伴症候群の治療も必要です。

外科手術

悪性度の高いものでは、腫瘍の周囲をかなり広く(3cm以上)深く(筋膜や筋肉など周囲の構造物ごと)切除しますので、腫瘍が小さかったとしても大きな手術になります。これだけ大きく切除する理由としては、以下の模式図のように、肥満細胞腫の細胞は顕微鏡で見ると肉眼で見えている部分よりも広範囲に存在するからです。初回の手術が根治の一番のチャンスですので、確実に切除を狙います。ただし浸潤性が強いものの場合、全て切除することが不可能な場合もあります。

一方、近年の研究では、悪性度の低いものでは腫瘍の周囲2cm程度の切除や肉眼病変の辺縁部切除でも良い成績が得られていることから、術前の診断をしっかり行い、できるだけ犬に負担を与えない、かつ根治を狙える手術計画を立てる必要があります。

また最近議論されているポイントは、腫瘍が転移したリンパ節に対する扱いです。これまでリンパ節摘出は診断目的とされていましたが、近年、転移のあるリンパ節を摘出した症例で治療成績の改善が認められたという報告が複数出ており、治療目的として推奨され始めています。

放射線療法

外科手術後に残った顕微鏡的病変に対しての放射線照射が有効と言われています。二次診療施設への紹介が必要ですので、放射線を治療計画に組み込むのであれば事前に連携を取っておく必要があります。

化学療法

悪性度が高い場合や外科手術で全ての細胞が切除できない場合、転移病変が存在する場合などに適用されます。ビンブラスチン、ロムスチン、プレドニゾロンといった従来の抗がん剤に加え、イマチニブ、トセラニブといった分子標的薬が使用可能です。治療前にc-KIT遺伝子変異の有無を調べておくと良いでしょう。

化学療法に関しては、副作用の管理も重要です。体調をみながらプロトコルを調整していきます。

腫瘍随伴症候群の治療

顆粒放出による症状を抑えるために、抗ヒスタミン薬、ステロイド剤、粘膜保護剤などを使用します。細胞診の検査時に必要な場合もあります。

予後は成長速度、発生部位、全身状態や局所再発の有無、腫瘍のステージ、組織学的グレード、遺伝子変異、転移の有無などによって様々です。

院長からのひとこと

肥満細胞腫は「偉大なる詐欺師」と言われる厄介な腫瘍です。様々な出現パターンを持ち、多発していても悪性度が低かったり、小さくて一見悪性度が低そうに見えても転移を起こし命に関わったりすることがありますので、「ただのイボかな」と見た目で判断して放置せず、一度精密検査をすることをお勧めします。


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